旅の義務

お土産を買うのは、日本人にとっては税金のようなものではないでしょうか。
私も毎年、時間があるときはあれこれ悩んで選んでいます。

旅の荷物を重くするかわりに、心の荷物を軽くするのです。

ボージョアウンサン・マーケットへ行ってみると、
お兄さんお兄さんと、日本語で呼び込み。

どうして日本人って分かるのでしょうか?

ガイドブックに載っている、「ホワイトエレファントクッキー」を
5箱購入。

「ディスカウントできないんですよ」と
申し訳なさそうに店員さんが言っていた。

カメラを買っちゃえ


スマホを忘れ、カメラを壊し、
写真が撮れなくなってしまったので
カメラが欲しいところ。

かけられる金額としては1万円(100 USD)までだろうな
中古品でもいいので。

フロントに聞いたら、
「中華街ならこの時間でも売ってますよ」
ということなので、夕食を兼ねて出かけよう。

気に入ったカメラは、どれも150ドル越え。
カードも使えるし、買っちゃうか ということで購入。
(言い値で買っちゃったけど、大丈夫なんだろうか?)

チャイナタウン、インド人街を歩いてみる。
ものすごい活気に気圧される。
昔のバンコク以上じゃないか?

ミャンマーの人は、平気でジェイウォークするし、危なくて見てられない。
いそいそとホテルに引き上げるのであった。

ホテルに戻ると、ポータは皆
「カメラは買えたのか?」と気遣ってくれた。
ありがとう、みんな!

購入したカメラを価格コムで調べたところ、
型落ち品で、日本ではもう売っていないが
一年前の最安値とほぼ同じだった。

再びヤンゴンへ

パゴーを見学し終わり、ヤンゴンへ戻る。

今日は土曜日ということもあり、
高校生が交差点に出て募金活動をしている。

街をゆくバスは、ほとんどが日本の中古車で、
旅館とか、観光バスの日本語が塗装もそのままにしてある。


これは多分、神奈中のお下がり。

かくいうこの車も日本の中古車で、
「広島トヨペット」とシールが貼ってあった。

満室だったワケ

続いて、ハンターワーディー王宮へ


外観も中身も金ぴか。

聞こえてくるのはタイ語ばかりで、
どうやら、タイの休日ということ。

道理で、雨期なのにゴールデンロックのホテルがフルブックだったわけだ。

ほか、2カ所。
運転手の厚意でスマホを貸してもらったので、写真を載せておきましょう。


マイ・アイズ・オンリー


天気が晴れた。

バゴーの街を案内してもらった。

ゴールデンロックで、雨の中撮影したせいなのか
カメラがエラーメッセージを出して、動かなくなってしまった。

ここからは写真なし。

巨大なパゴダへ
入場料市内4か所10000 Kyat

これは荘厳。今までに見た仏教施設の中では一番かな。
巨大な仏塔の周りを、タイ風(上座部仏教だからね)や
日本の五重塔みたいな金ぴかの建物が並んでいる。

その周りを、正座してお祈りする信心深きミャンマー人たち。

これは、おそらく写真を撮ったとしても伝えられない。

バゴーは「ビルマの竪琴」の舞台とも聞く。

読者諸兄に置かれては、ぜひ一度自分の目でご覧になることを
オススメしたい。

人はミャンマーにたどり着く

山を下り、昼食は昨日とは違う中華のレストラン。

運転手が、「ここで待ってる」
と言うので

「お腹すいてないの?」
と聞いたら、

「すいてる」
というので、当然ご馳走する。

客層は、お坊さんが食事していたほか、タイ人が多く
西洋人と、日本人と日本語でしゃべっている人も。

ずいぶん日本語がお上手なミャンマー人で。

話は聞かなかったことにするよ。

霧の境内


頂上に着いた。人が結構多い。

雨は相変わらず。

托鉢のお坊さんがいる。

団体客が占拠していたため、昨日宿が取れなかったようだ。

ゴールデンロックへ徒歩で向かう。

参道からは裸足になる。
石畳がつるつる滑って危ない。

ガスっていて、視界15m
ゴールデンロックに着いた。

結構感動する。

ネタの写真を撮りたかったのだが、
霧がひどくて顔まで映らない。

やはりここは、乾季に来るところみたいだ。

ゴールデンロックへの道


今日は登山だ

と言っても、トラックで登るんだけど。

7時に運転手が迎えに来てくれ、一緒にトラックに乗り込む。
日本から用意しておいた、ポンチョの出番だ。

荷台に乗るのだが、屋根もなく吹き曝しで、ギュウギュウ詰めにされ、
H&Mのカンボジア従業員が職場へ行くときに、
荷台にすし詰めにされている動画を見たのを思い出した。

しばらく待ったのち、出発。

雨が本降りの中、アップダウンが激しい山道を
爆走するトラック。
下りでフットブレーキ踏むのはどうなんだと思った。

雨粒が痛い。

大勢で洗濯機で洗われているような気分。
心もキレイになればよいのに。

これはアトラクションだったら面白い。

仕事では乗りたくないと思った。

世間の波に揉まれ

計画的に、日本でいつも食べているのと同じくらいの時間に
ゲストハウスの食堂で夕食を採る。

空はまだ完全に暗くなってはいないが、
結構な頻度で停電があり、ガイドブックに
懐中電灯必携と書かれていた意味を理解する。

真っ暗な店内、注文したのは
タイガービール、緑茶のスープ、
オムレツ、トマトサラダ。

「タナカ(thanaka)」という白粉を塗った店員さんは、
良くも悪くも外国人慣れしており、
すれているというのか
一般的なミャンマー人とは違う人あたり。


電灯が復活。

味は、結構おいしいんじゃないでしょうか?

お会計、400円くらい。

今までの金額は何だったのかというくらい安い。

おつりまできっかり渡そうとするので、
細かい紙幣は、チップとして持たせた。

目指す目的地

ゴールデンロックの宿を予約しようとしてメールを出したが、
返事が来ない。
まあ、オフシーズンだからガラガラでしょう。

翌朝、運転手が迎えに来る。

雨が降ったり晴れたり。

190キロの道のり。
途中、ガソリンを入れたりしてから
アジアハイウエーを飛ばして、まずはチャイトーへ

運転手が、中華料理と言っていたが、
どう考えてもタイ料理の味。

ホテルから返信が来る。
「あいにく満室です」と

あわてて、山頂にある他のホテルもすべて当たってみたが、
3軒とも満室。

運転手も首をかしげていた。

無計画な旅にトラブルはつきものなので、
やむなく、麓のバンガローに泊まることにした。

これがそのバンガロー。

私の旅にふさわしい雰囲気。

写真を撮って欲しいからガイドをつけられないかと受付で相談したが、
山頂の警察官に撮ってもらえばいいとか言われて要領を得ない。

運転手が、それじゃあ僕も近くに泊まることにするから、
明日一緒に登ろうと言ってくれた。

すごい迷惑をかけちゃってるなと思い、100ドルを渡す。

1泊目は予約済み

運転手はよくしゃべる男だ。

明日から、彼とチャイティーヨーまで2日一緒なのだから、
気まずくなるのは避けたい。

市内はけっこうな都会。
走っている車は90%以上日本車で、トヨタがダントツに多い。

ホテルにチェックイン。

お腹がすいているので、夕食を食べたいのだが
今日はもう街に出る元気がないなあ。

チェックしていたレストランはあるけど、
旅行後半に行くことにしましょう。
ホテルで夕食。

ヤンゴン着


フライト時間は8時間ほど。ちょうどいい飛行時間。

定刻より早く、ヤンゴンに到着。

雨が降っているせいか、東京よりも涼しい。

イミグレーションを通り、税関、両替。

ゴールデンロックへのツアーは明日出発だというのに、
旅行会社からのメールがない。
携帯が無いというのは痛い。

空港の旅行案内所に聞いたら、
その旅行会社はもう閉まっている時間だし、
ツアーを手配しなくても、自分でアレンジしては?
と提案される。

タクシーを2日チャーターし、160USD。

当初見積もりされていた金額の半分だ。

今年やらかした事


スマホを家に置き忘れた。
毎年、何かしらやらかすよね。

友達に、LINEで写真を送ることができなくなってしまった。

ミャンマーは公衆電話がないので、これは手痛いミス。

チャイティーヨーへのツアー会社とも連絡が取れない。

気にしていたのだろうか、CAさんが配膳のときに
「どこかご気分がお悪いところがおありですか?」
と聞いてきた。

「体調悪いように見えますか?」

「ボーっとされていたので」

これが日系ならではのサービスなのだろうか?


「こういうキャラなんです」と答えたいところだが、

「睡眠不足で眠いんです」
と答えておいた。

序 - 三度目の正直


今年は2011年の旅行のリベンジ編。

少しでも長く、外国気分を味わいたい私は、普段なら日系のキャリアは使わない。

アジアに行くにしても、歳を重ねるにつれて旅先での旅情にも人情にもだんだん不感症になってしまってきている。

日常の風景を一変させるようなハードな旅がしたい。
とは思いつつ、乗り継ぎの時間ももったいないので、直航便で行ける目的地を探して、結局ミャンマーに落ち着いた。

お盆真っ只中、成田-ヤンゴン 10万9千円

ミャンマーは、1994年にも目指したことがあり、政情の悪化で断念した。

今回は、三度目の挑戦。

過去二回はメーサイ-タチレイの国境越えを計画していたけれど、
今回は直接ヤンゴンに乗り込むので、余程のことがない限り入国できるはずだ。

エピローグ

帰宅後、いつものコメダ珈琲でこの文章を書いている。

すばらしい非日常を過ごすことができた。

全くトラブルのない旅だった。

強いてトラブルをあげれば、モバイルWifiルータの帯域を使い切ってしまって、画像のアップロードができなかった点だが、無事に帰ってきてしまった今となっては、意味のない心配だ。

前から一度行ってみたかったラテンアメリカ。その中でも、難易度の低そうなメキシコに行ってみたが、行ってみて気づいたのは、スペイン語が話せないとどうにもならないということ。

今から新しい言語を覚えるのは大変そうだけど、帰ってきて最初の晩は、
夢の中でスペイン語であいさつしていた。

近年の旅行では、あぶなそうなことにはチャレンジしなくなってしまっている自分がいる。

冒険者としては、落第点だね。

とらえ方を変えると、大人の楽しみ方を知ったということなのかな?